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| 鳥取県・コカコーラウエストパークで第37回全日本中学校陸上競技選手権大会が開催されました。本校からは110mHで中野秀俊選手が、4×100mRで塔下剛至選手、中野秀俊選手、八重樫将之選手、片岡将選手が出場しました。補欠として新川将弘選手、真壁俊選手、益田一毅選手も帯同し、個人的に奥平拓海選手、小河雅広選手も応援に駆けつけてくれました。 連日35度を越える気温の中、集中力を切らすことなく選手達は戦ってきました。 |
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| 大会初日、午後4時40分から4×100mRの予選が行われました。東京都代表として予選敗退というわけにはいかないし、そもそも選手達も、絶対に予選通過するという気持ちは強くもっていました。しかし、初めての全国大会で、桐朋よりも記録が上位のチームは多くあります。緊張と不安はあったことでしょう。 各組3着までと、それらのチームを除いた上位6チームが準決勝に進出できます。当然3着までに入り、まずは準決勝出を目指しました。スタート後、塔下→中野→八重樫→片岡とバトンを繋ぎ、44秒70の組5着でゴールしました。最終組でのレースだったので、ゴールした時点でプラスで準決勝に進出できることはわかりました。しかし、内容は個人の走り・バトンパスともに課題の多いレースでした。それでも準決勝に残れたのは、力があったからだと思います。 レース後、有村先生と選手達と課題の確認をして、翌日のレースに備えました。 |
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| 2日目、中野選手の110mH予選が行われました。90名以上が出場しており、全種目の中で最も参加人数の多い種目でした。 中野選手は2週間前の関東大会で、ハードリングの際に上体が立っているという課題を明確にし、その後修正に取り組んできました。手ごたえを掴んだ中での全国大会でしたが、結果は15秒22の組で6位となってしまいました。自己ベストの更新は当然ながら、予選通過することが目標でしたから、悔しい結果となってしまいました。しかし、まだまだ粗削りな技術ですから、今後ますます期待出来ると思います。(映像はこちら) |
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中野選手のハードルが終了して、午後5時10分からリレーの準決勝が行われました。昨日の予選は予想していたよりも全体的な記録が伸びず、44秒70でもプラスで拾われ、準決勝に進出することができました。個人の走りを改善することと、バトンパスの修正を行い、準決勝に挑みました。 この準決勝を勝ち進めば、いよいよ全国大会の決勝となる緊張の中、個人の走りで100%の力を発揮することができず、45秒00というタイムになってしまいました。 (映像はこちら) |
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| 有村先生より | ||||||||||||||
| 2010年8月22日。私たちの第37回全日中は終わった。決勝に残れなかった悔しさは予想をはるかに上回るほど大きなものだった。以前と比べて、自分自身の目線がぐっと上を向いていることに気づく。選手たちが私の意識を高めてくれていたということだろう。 思えば昨秋以降、練習・試合を通じていくつもの場面を経験し、私自身の真剣さの限界値は確実に上昇していった。もちろん、その時その時、真剣に選手に向き合ってきたが、今、自分自身の変化には我ながら驚かされるものがある。いい年をして「成長」などという言葉を使うのはいささか気恥ずかしいけれど、選手たちに指導者として大いに成長させてもらったし、これからもまだまだ成長していかなければならないと感じている。 |
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| 何かに情熱とエネルギーを傾ける時、すぐに結果が伴ってくることもあるが、逆になかなか手応えすら感じられないことも多い。大切なのは、日々の営みを着実に積み重ねるということだろう。一つのことを長く続けたからこそ見えてくるもの、気がつくものがあるはずだ。目標を達成できるのは、目標を視界から見失わなかった者だけである。選手諸君には、どうか高い目標を胸に、苦しい練習に向き合ってほしいと思う。そして、ともに競い合いながら練習していく仲間を大切にしてほしいとも思う。自分一人ではできなかったことが、仲間と一緒であれば成し遂げられたというようなことは、誰しも経験したことがあるだろう。陸上競技というものに惹かれて集まった仲間が、互いに認め合い、互いを高め合えるような雰囲気を作っていこう。そのためには、一人一人が自分のなすべきことをしっかり意識することが必要だ。これからのみんなの取り組みに大いに期待している。 今、この文章を書いているのは、8月23日。全日中会場の桐朋ベンチである。本当だったら、決勝を前に、緊張が高まっていたはずの時間だ。遠くに歓声やアナウンスの声を聞きながらこれを書いている悔しさを胸に、また努力を続けていこうと思っている。頭の中にはすでに、東京に戻ったらやってみたいことがいくつかある。 |
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振り返れば、今年の4月の記録会では46秒をきることができませんでした。5月6月は45秒中盤の記録で、はじめて44秒台になったのは7月終わりの通信大会です。そこから関東大会で44秒64のチームベストを出し、まだまだ記録は伸びる余地があるはずでした。しかし、最後の最後で会心のレースというわけにはいかず、悔しい結果となりました。 今回参加した選手全員が初めての全国大会でした。そんな一人ひとりの思いを語ってもらいました。 |
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〇塔下 剛至 |
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| 〇中野 秀俊 ~全国大会を振り返って~ 中学最初で最後の「全中」に出場しました。感想としては、結果をみるとやっぱり悔しいです。しかし、僕にとってこの全国大会は今後につながっていく大きな大会にもなりました。何故悔しかったのか、何故他県あるいは他校よりも記録が悪かったのかというのを大会後に考えました。考えたところ、気持ち、精神といったものが一番負けていたと思いました。これが僕が一番できなかったことで後悔しています。その気持ちについて、特に考えたのはモチベーションです。陸上部に入部した1年生から今までの自分のモチベーションを中心に振り返ってみました。 1年生~2年生の初めの頃はただ外堀先生の考え下さるメニューをただまじめにこなす人でした。 2年生の支部対抗で全然走ることができず残念な結果になってしまいました。その時に同級生の3人が東京都選抜選手の合宿に行き、自分は行けませんでした。この時に他人と戦っていかなければと初めて真剣に思いました。しかし、そんな思いが冬の辛い練習の日々の中ででどんどん忘れていってしまいました。それから地域別大会、総体、通信と試合が続いていく中で、中学生活で全国大会にいってみたいという気持ちを軽く持って、しかし真剣に練習して望んだ結果、全国大会にリレー、ハードルで決まりました。今まで頑張ってきて良かったと思い一番嬉しかった時期です。全国大会が決まった通信大会から全国大会までの間は「一生懸命頑張る」というのが目標でした。これは他人との競走に勝つということを目標にしているのではなくて、自分自身の記録を更新できるように頑張るという意味です。しかし、他県の選手に勝っていかなければとも思いました。そのため、心で思っていることと行動が違うことがあり、何かがずれていたなと思い返しています。そんな状況で1ヶ月があっという間に過ぎ全国大会がやってきました。僕は大会になると、まず予選を通過したい、と心でも感じるようになり、モチベーションは他人に勝つことになりました。実際の試合で最初は新しい環境で他の選手と一緒にいる中で練習をすることになり、こういうことは普通のことだと思ってするはずでしたが、今までどおりにうまくいかず緊張してしまい、レースでも足を引っ張ってしまいました。しかし、リレーメンバーの素晴らしい走りでなんとか準決勝にいくことができました。リレーメンバーに助けてもらって本当に嬉しかったです。2日目は1年生からずっと続けてきたハードルを走り、結果は自己ベストには届かず他県の選手のレベルは強いなと痛感してしまいました。大きな大会で走ることができたことは良い経験になったと思いました。それからリレーの準決勝で予選と同じ走りはしないようにと思って走りましたが、予選よりも遅いタイムで、組で最下位のタイムでもありました。全国大会は厳しい勝負の世界だと、レース後に思いました。 こんなことを考えていました。 やはり過去の記録などを見て自分がどんなに他人よりも劣勢にあったとしても「絶対に勝つ」と思わないといい記録は望めない。そして、勝つことに対して本気にならないと自分はなかなか進化していかない。走れている時だけ本気で勝つレースをしようと思っていても良い記録を出すことはできない。「全国制覇をする」と思い続けて練習を日々続けていてもそれが達成できないかもしれないが、思い続けて行動し続けないと何も始まらない。といったことを外堀先生、有村先生のおっしゃった話も一緒に思い出し考えたところ、このように思いました。 では自分の中学の陸上生活はどうだったか。それは偶然記録が出てしまって変に自信を持ち、ただ頑張っただけと受け取れられるものでした。やはり走る技術、記録更新を考える前に気持ちを変えなければいけないと思ったので、これからそれを練習から、いや日々の生活から実践していきます。まだまだ高校でも陸上を続けていくので、やり直します。ただ、自分の中学の陸上生活で一度も練習をいい加減にせず、まじめにやってきたことが結果として全国大会に出場し、リレーでは予選を通過した。ということについては良かったと思っています。 この全国大会は僕にとって陸上に取り組む姿勢を考えるきっかけをつくってくれた素晴らしい大会になりました。 この大会は自分一人だけではなく先生方、そして付き添いの同級生、両親、その他の応援して手伝ってくれた方々などの協力があったからこそ無事にしっかり戦うことができました。 素晴らしい経験をありがとうございました。 |
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| 〇八重樫 将之 今回のこの大会を振り返って、一番最初に思った事は「悔しい」の一言です。なぜなら、予選は成功したバトンパスが準決勝では唯一失敗してしまった。また、走り自体も100%ではなかったからです。そこで、自分の精神的弱さを痛感しました。 去年の秋頃から本格的全国大会を意識し始め、昨年とは大きく変わった冬季練習をしました。自分はそんな100mのタイムが速いわけではないので、とにかく速いグループに死に物狂いでついていきました。結果として、春から結構タイムは伸びていきました。しかし、4月に腰を怪我して2ヶ月間は練習で全力で走れませんでした。自分はおもいっきり練習したいが怪我してしまい練習が出来ない。他の部員は通常練習している。そのことがとてももどかしかった。怪我が治って、本格的な練習をしたら、怪我した割にはタイムが良かったので安心しました。順調に練習が出来て、ついに都総体を迎えた。100Mは自己ベストを更新して、リレーは本郷についで2位だった。通信大会はリレーで1位になって関東、全国大会に行けるようになった。今回の全国大会は、自分は中途半端に終わってしまった。全国大会で入賞することの大変さが改めてよくわかった。また、自分がまた全国大会にきて入賞したいという気持ちがすごいわきました。 自分達の全国大会は終わってしまったが、後輩達には来年があります。後輩には自分達より大きい夢を持ってほしいです。 最後に、今回全国大会に出場出来たのは先生方の支えがあったのでここまでくることができましたし、色々なことを教えていただきました。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。 ありがとうございます。 |
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| 〇片岡 将 まずリレーについて、僕にやっと火が付いたのは都総体の数日前です。 なぜなら都総体で一位になれば全国大会の出場候補として選ばれることを初めて知ったからです。 このことを知ってから自分の頭の中で全国大会出場が可能なことのように思え、そのためなら何でも出来る気がしてきました。 全国大会なんて夢のまた夢だと思っていたので、それまでも決して低かった訳ではないのですが、モチベーションが急に上がりました。 しかし、現実は厳しいものでした。都総体で2位となり、通信大会でやっと1位になって全国大会へ行くことになりました。 そして関東に行くことになりました。しかし、予選落ちしました。その翌日の暇さといったら例えようがなかったです。 リレーで予選落ちしてその悔しさや虚しさを初めて味わいました。この体験を通して、全国大会では絶対予選落ちしたくないと思いました。 その思いもあって、全国大会で準決勝が決まって、とてもテンションが上がりました。しかし、その翌日のレースは非常に残念な試合でした。 それでも全国大会で走ることができたことは、貴重な経験です。その経験を生かしてこれからも頑張りたいです。 最後に、個人種目では全国のレベルを思い知らされたといった感じです。 いくらリレーで走れるといっても、やはり個人では観客として歓声を上げることしか出来なかったのが残念でした。 |
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| 〇新川 将弘 今回僕は補欠メンバーとして主に選手のサポートをするために全国大会に行きました。残念ながら結果は決してよかったとは言えないかもしれません。けれどみんなこれを通してまた改たな課題や目標を見つけられたみたいなので、良かったと思います。そして、全国大会まで僕をつれてきて選手のみんなにとても感謝していますし、同じ陸上部員として誇りに思っています。 僕は中2から走高跳をやっています。そして、顧問の先生方の素晴らしい指導や熱い陸上部員のおかげもあり、都大会で全国大会標準記録の一メートル85を突破する自信がつくまで成長しました。しかし都大会直前に捻挫をしてしまい結果は最悪でした。とても悔しい思いをしたし、また今まで僕を支えてくれてきた方々に本当に申し訳なく思いました。 そして、自分がいることのできなかった走高跳、全国大会決勝をとても複雑な心境で見ました。全国レベルの選手を間近で見て、圧倒的な力の差を感じさせられました。また、 その一方で自分の今後の課題もはっきりわかったし、練習に対する気持ちも高まりました。 今回全国大会で味わったことをこれからの陸上で必ず活かしたい。また日頃お世話になっている部員や先生方に対する感謝の気持ちを忘れずにいたいし、それに対して自分も返していきたいと思います。 |
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| 〇真壁 俊 ~全日中までの思いについて~ 僕は、小学2年生頃からサッカーを習っていました。小さい頃によく外で遊んでいたせいか、その小学生のサッカーチームの中でも、多少足が速くて、一応レギュラーとして試合に出してもらっていました。そのときは、足が速いことなどで評価していてもらっていました。ですが、気持ちが出ていない、などの精神面の注意も受けていました。その頃から僕は恥ずかしがり屋で、そのことを自覚もしていて、どうして人前に出るのが嫌なのかと考えたりしていました。 僕のサッカーチームはあまり強いチームではなくて、都大会なんて考えた事もありませんでした。ですが、中学生になって入った陸上部は僕が思っていた以上にレベルが高く、そのとき驚いたのを覚えています。僕ははっきり言って、小学校で足が速かった事を自信に、軽い気持ちで陸上部に入部しました。やはり、陸上部の1年生の中でも足は速い方で、少し足が速くなればいいや、と今思うと情けない気持ちで練習をしていたなぁと思います。それから先輩たちと一緒に練習をして、タイムも伸びて、満足していました。そのときは、何人もの先輩方が大会で入賞しているのを見て、僕はあまり努力していないにも関わらず、先輩は自分とは違うんだと、決め付けていました。でも今回の関東、全国大会を通して「こんなに身近な先輩たちがこれらの大会に出場しているのだから、自分たちに出来ないはずがない」と思い、これまでの自分を見つめ直し、勘違いしていたとやっと気が付くことが出来ました。 これからは、後輩や同級生の陸上部員が「今日も、練習頑張ろう!」という陸上部という団体で競い合っていける雰囲気を作っていけたらと思います。その為には、僕自身が他の人より努力する事が大切だと思うし、部活中のコミュニケーションも大切だと思います。なので、まだ中2ですが、これから自分が出来る事を少しずつでもやっていけたらと思います。 |
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| 〇益田 一毅 ~今後に向けて~ 今回僕は、先輩たちのおかげで全国大会という舞台にいくことができました。僕は正直、先輩が全国大会にでるとは思ってもいませんでした。 それまで、僕は全国大会について全く関心がありませんでした。しかし、全国大会出場が決まって先生や先輩が泣いていて、とてもすごいことなんだなと思い、また、その舞台に僕も補欠としてついていくことになり、とてもうれしく思いました。 先輩の全国大会においてのタイムは残念な結果でした。しかし、準決勝まで進んだ事はとてもすごいと思います。 僕はこの結果を通して、全国で勝つためには、都レベルの試合は余裕で勝てるようなタイムを出さなければならない事がわかりました。 また、試合後のミーティングで先輩たちが全国大会に出るという目標を立てる事が難しかったと言っていました。 それは、全国大会の事を全く知らなかったからでもあります。しかし、僕たちはこの舞台を経験しているので、この全国大会出場、また、そこで勝つという目標を今すぐにでも立て、真壁君や残りの未来のリレーメンバーにもその目標を立ててもらい、みんなでつらい冬を乗り越え、先輩達の記録を越えるようがんばりたいと思います。 そしてまた、先輩も僕たちも同じ練習しかしていないのだから、先輩に出来て僕たちに出来ないはずはないと思い、頑張っていきたいと思います。 しかし、リレーメンバーだけが頑張っていても仕方ないので、この桐朋陸上部の雰囲気を変える必要があります。 試合後、先生が言っていた、大きな声を出し自分をさらけ出すことや、部活中の驚異的な集中をつけた緊張感ある良い陸上部を、今回全国大会に参加できた僕や真壁君が、今からつくっていこうと思います。 |
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| 最後に・・・ 全国大会をはじめ、今年は保護者の皆様に多大なご協力をいただきました。本当にありがとうございました。 |
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保護者の皆様に作っていただいたうちわ |
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